サイエンス女子:3.登場人物

四つの力

(2015年05月28日更新)

  • 部屋に入ると早速、キリにサロメの大まかなあらすじを書いたノートを見せた。 「まず物語を崩すためにはその構成を知らないといけないでしょう。なので私なりにあらすじをまとめたの」 ノートにはぎっしりと備考だの、注意だのが書いてあって、充実した内容になっていた。 「テスト期間中にここまでやったの?」 ナナはキリが驚くと思ってこのノートを出したが、キリは予想に反して少しあきれた顔をした。 だけど5ページほどのページをゆっくりと、そして丁寧に読んでくれた。 ナナはキリがノートを読んでいる間、なぜか正座になっていた。 キリの目は確かである。 そして必ず的確なアドバイスをくれる。 昔から彼女は、ナナのどんなピンチの時も、その冷静さで道を作ってくれた。 そんな彼女の助けを借りるのに、正座で待ち受けるなんてナナにとっては雑作も無いことだった。 ナナは10分程度かけてそのあらすじを読む。隅々まで読む。 「よくまとまっているけど、知れば知るほどなんだか高校生が扱う題材じゃないみたい」 率直な感想だ。 ナナはキリの次の言葉を待った。 「ナナはこの物語をどうしたいの?」 ナナはその質問に待ってましたといわんばかりに目を輝かせる。 「ユラに演じて欲しいの。私はユラがサロメを演じる姿が頭に浮かんでいるの。 ユラが月明かりに照らされ、その静かな微笑を浮かべる。 そしてヨカナーンに話しかける。『あなたは何者?』そして踊りを踊る。 床にはナラポートの体液があって、足場が悪い中美しく踊る。 そして最後には、ユラがヨカナーンの美しく血の気の無い唇にキスをする。」 ナナは興奮しているようだった。 キリは思いのほか無表情にナナの話を聞いていた。まるでナナを観察しているようだった。 そしてやっと口を開く。 「ナナはユラという子が好きなのね」 ナナは話しを止めて、少し驚いた顔でキリを見る。そして照れくさそうに笑う。 「やめてよ。そんなんじゃないの。ユラは本当に綺麗で、その綺麗だからこそ舞台で輝かせてみたいなあ、なんて」 そんなナナにキリはくすくすと笑う。 ナナは頭を掻きながら、恥ずかしそうにノートに目をやる。 ノートには「七つのヴェールの踊り」に赤丸がついていた。 「私、たぶんこのサロメって言う話が好きなんだと思う。どうしても演じてみたいのだと思う」 ポツリとナナは言う。 ナナの頭の中には美しく踊る女性の姿があった。その女性は誰かは分からない。 ユラが踊る姿は容易に想像ができる。 だけどユラでなくても良いようにも思う。 七つのヴェールの踊りは、ヘロデ王を魅了すると同時に、あらゆる人を虜にする。 ナナはその姿を誰でも良いので描いてみたかった。 キリは再びノートを見ながら、少し考えて口を開く。 「この物語は主にサロメを中心に3人の男が描かれている。ヘロデ、ヨカナーン、ナラポート」 ナナはうなずく。 「この3人の人物をしっかり固めてしまえば、後は主だったシーンは形を崩さずに変えていけるんじゃない?」 例えば・・・とキリは続ける。 「サロメは絶世の美女。それを影で愛する年上でいやらしい男。そして、若者。最後にサロメの美しさを認めつつ、逆に怖れを抱く若者」 「美しいのに怖れ?」 ナナは率直に質問する。生きていてこれまで美しさに怖れを抱くという経験を一度もしたことが無い。 「例えばこの美しさ故に心が壊れているのではないか?相手を完璧だと思うから、逆に恐れてしまう」 キリの話はいつも難しいが、この話は特に難しい。 美しさ故に壊れている?完璧だから怖ろしい? 「よく分からない」とナナは笑顔で言った。 キリも「やっぱり?」と微笑む。 「じゃあ、また宇宙の話をしようかしら?」 ナナはまた、あははと笑う。 「今日は凄いね。絶好調みたい」 「でもね、私は美しいと言われると、どうしても物理の法則を考えてしまうの。 そしてこの考え方はとても合っていると思う」 「では、講義をお願い。先生」 キリはまた少し笑う。 「宇宙はある日突然生まれて火の玉になって宇宙を作った。 でも実は始まりの時にある劇的な変化が起きていたの」 ナナは鉛筆をもってノートを書き始める。 「その変化とは四つの力への枝分かれなの。四つの力って分かる?」 「毘沙門天的な?」 ナナはおどけていうが、キリは逆に毘沙門天が分からなかった。 「それは四天王か」 ナナは小さな声でつぶやく。キリは気にせず続けた。 「まずは重力。それがやがて強い力に枝分かれするの。そして強い力は弱い力と電磁気力に分かれる」 ナナに分かったのは重力だけだった。 「さっき素粒子の世界が大きな宇宙を作っていると言ったよね。そもそも素粒子研究は、この四つの力を解明すること、つまりは力を統一的に理論付ける研究でもあるわけ。例えば・・・」 そういってキリは机の消しゴムを取って、落として見せた。 「この力は何?」 「重力です」 「じゃあ重力って何?」 ナナはそういわれてはたと気づく。重力って当たり前にあるけど、でも何で重力があるのだろうか? 「ね?不思議でしょう?何故ものが下に落ちるのか?それには確実に何かの力が働いているはずよね。 例えば、消しゴムを指ではじけばどこかに飛んでいく。 これは消しゴムに力がかかっているから飛んでいくわけでしょう。 でも重力は別に何かがひっぱっているわけでもないのに、全て下に落ちていく」 ナナは一気に話す。ゆっくりと、しかも冷静に話をしていく。 「この謎を解明するために素粒子が持ち出されるわけ。素粒子の世界は目に見えるものとは違う振る舞いをするの。 そしてどうやら重力以外にもあと3つの力があるらしいってなったわけ」 ナナは違う振る舞いをする、というフレーズがなぜか気に入った。 「ちなみに重力を見つけた人は誰か知っている?」 ナナは自身なさげに「ニュートン」と答える。 「そう。重力が分かったから、その他いろんな物理法則が分かるようになった。 だからこの四つの力が分かればひょっとしたら宇宙のことももっとよく分かるかもしれない。」 ここまで言ってナナはキリの言いたいことが少し理解できた。 要は地球上の全ての運動は、何がしかのルールがあって、例えばものを落とせば地表に向かって落ちていくとか、磁石の同極を近づけるとお互い反発するとか、そういったものは自然のルールに沿っている。 ということはそういった力の正体が分かれば、森羅万象の謎を解くことができるかもしれない。 力の特性が分かれば、宇宙という大きな器も理解できるかもしれない。 「つまりは物語を見直して、四つの人物のことをもっと理解できれば、サロメをアレンジしていけるかもしれない」 ナナがそういうとキリは小さく頷く。 「たぶんナナが惹かれているのは人の魅力だと思う。物語の美しさがその人にマッチしすぎているから、ナナは美しさを感じるんじゃないのかな?私にはただのグロテスクでも、それがナナにはもう少し違って見えているのかもしれない。 私は、ヨカナーンがサロメの美しさを怖れたと解釈した。ナナにもそういう解釈がきっとあるはずよね。 それをまとめれば、ひょっとしたら桜花祭の舞台もうまくいくんじゃないかなあ」 ナナはキリの言いたいことの半分も理解できていないかもしれないが、サロメの人の魅力についてはあまり考えては居なかったので参考になった。 サロメをユラにという思うが強くて、他の登場人物については考えてもいなかった。 しかしサロメの物語を考える上で、そのほかの人物をしっかり考えていくことはとても重要に思えた。 「ちなみにこの力を統一することが科学の全てといっても過言はないし、同時に世界の全てを理解することになるの。」 ナナはそういってやさしく微笑んだ。
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