サイエンス女子:2.サロメのあらすじ
火の玉宇宙
(2015年05月19日更新)
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ナナはキリの意見を参考に「サロメ」の脚本を書こうと家に帰った。
そのためには「サロメ」をまずきちんと理解しなければならない。
早速ナナは、「サロメ」を読み返した。そしてあらすじをノートに書いていく。
■「サロメ」あらすじ
原作はオスカーワイルドというアイルランドの詩人。
顔は何かヤサ男風で、あんまり好きなタイプではない。
舞台は西暦30年ごろのエルサレム。エルサレムはユダヤ人の町。
ユダヤ人の王がまだいた時代の話。
話はエルサレムにあったヘロデ王の宮殿で、サロメはその王妃ヘロディアスの娘で、ヘロデ王はサロメの義父になる。
ヘロデ王はサロメの実の父親であり、兄でもある男を殺し、ヘロディアスを自分の妻としていたという獣のような男。
しかもヘロデ王はサロメの美しさの虜になっていたというから、とんでもない親父。
冒頭は兵士たちの話から始まる。
兵士を使って物語の背景とかの説明が入る。狂言回しのようなものね。
そこにサロメが登場。
サロメは宴の席のヘロデ王に我慢ができず、一人テラスに逃げ込む。
きれいな満月がテラスを照らしている。
するとテラスから不気味な声が聞こえる。冒頭の兵士の会話中にも聞こえるヨカナーンの声。
ヨカナーンは王に囚われて貯水槽の牢屋に入れられていた預言者である。
サロメはヨカナーンの不思議な声に興味を持って話しかけようとするが、兵士が王に禁止されているとサロメを制する。
あきらめられないサロメは、サロメに恋心を抱くナラボートにヨカナーンを牢屋から出すように言う。
ナラボートはサロメに逆らえず、禁を破ってヨカナーンを牢屋から出してしまう。
しかし貯水槽から出たヨカナーンはサロメの美しさには目もくれず、母ヘロディアスの近親婚を責める言葉を吐くのみ。
サロメはヨカナーンに惹かれヨカナーンに口付けを迫る。
ナラボートは王への畏怖から自由すぎる行動を取るサロメを制そうと、自ら命を絶って二人の前に立ちふさがる。
そんな決死の努力もむなしくサロメの積極的な行動は止まらず、やがて、ヨカナーンはサロメに呪いの言葉を投げ、自ら牢屋に戻ってしまう。
度胸の無い男。キスくらいしてやっても良いのに。
そこにサロメを追ってヘロデ王がテラスに来る。エロジジイ登場ね。
ヘロデ王は気分を上げるためにサロメに踊りを強要する。
サロメは最初は断っていたけど、望みを叶えてやると言われ、「七つのヴェールの踊り」を踊る。
満足したヘロデ王がサロメに望みを聞くと、ヨカナーンの首が欲しいと言う。
聖者を殺すことに戸惑いを隠せない王は、宝石や変わるものでやめさせようとするが、結局ヨカナーンは殺され、銀の皿に生首を乗せられてサロメの前に差し出される。
サロメはそのヨカナーンに口付けをする。
その有様を見ていたヘロデ王はサロメを殺すように命じる。
ナナは書きながらもこの物語が本当に美しい話だと感じていた。
こういった話を耽美的っていうのだろうか?もし私がサロメのような美しさを持って、ヘロデ王のような薄汚いジジイに色目を遣われたら、嫌で仕方が無いだろう。
ヨカナーンはそんなサロメの心のよりどころとして、そして美しい若者として描かれ、その若者に振り向いてもらえないことで絶望し、神をも恐れない行動をとってしまう。
サロメの行動はただの我がままなのか?
たぶんそうではない。
サロメはひょっとしたら自分の犯した行為が神を冒涜することを理解していたのかもしれない。
絶望に沈む女性は、全てを壊してしまいたかったのかもしれない。
確かに父を殺した男が母を妻にして、今も自分に色目を遣っている。
私なら虫唾が走りに走って、全身かきむしっているかもしれない。
ナナはそう考えると、サロメの死を怖れない行動に美しさを感じてしまう。
ナナはサロメの姿を想像してみる。
そして、やはり思い浮かぶのはユラの姿である。
ユラは入部してきた時から他の子とは違う、特別なものを持っていた。
容姿は美しく、サロメのようにどこか翳りがあった。
ナナはユラの持つ独特の個性に、すぐに魅了されてしまっていた。
それは、サロメの美しさに心奪われたナラボートのように。
そんなことを考えているとすっかり日も暮れて、夕食の時間になってしまっていた。
テスト期間中だというのに、ナナは夢中で演劇のことを考えている。
2年生最後の期末テスト。
こんなことで大丈夫だろうかと不安がよぎる。
だけど、ナナの頭の中は、もうサロメを演じることで一杯になってしまっていた。
テストが終わった日、キリと会った。
キリはテストの話をしたがっていたけれど、ナナは「サロメ」の相談をしたくてすぐに話を遮った。
率直に言って、ナナはサロメの話をまとめることはできたが、どうやってこの話を高校の舞台で演じられるようにしていけばいいか分からない。
時代や設定なんかを全てリセットして、且つこのサロメの物語をキープしていくにはどうすればよいのか。
提案者のキリならアイデアがあるかもしれない。
サロメは王の時代の話である。
王が権威的だからこそ、物語が生きてくる部分がある。
耽美的な演出をするためにも、単純に時代を変えることさえも難しく、最も美しいキスのくだりを残すためにも、死を描かないわけにはいかない。
死があるから、サロメの美しさが際立つ。ユラの美しさが際立つ。
キリは少し考えた風だった。
「サロメはユダヤの国のお話だったよね。ユダヤの国では預言者が特別視されたり、王に畏れられたりする」
ナナはうなずく。
「どんな時代にもそういった人はいるんじゃないかな?サロメの世界観は大事かもしれないけど、細微に物語を見ていけば違う物語が見えてくるかもしれないじゃない」
キリの言葉がまるで、サロメを主人公にする必要が無いのではないか?といっているように聞こえる。
しかし、ナナにはサロメがユラであることが重要に思えて仕方が無かった。
「それはサロメを主人公にしないっていうこと?」
率直に聞いてみた。ナナは少し微笑んだように見えたが、すぐに言葉を返す。
「ううん。サロメでも誰でもいいんだけど、問題はサロメをどうやってこう、やさしい物語にしていくかってことじゃない。しかも死や愛情といった耽美的な部分は残しつつ…」
ナナはうなずいた。
「ということは、物語をもう少し細かく見ていく必要があるんじゃないかってことよ。例えばだけど…、また宇宙の話をしてもいい?」
ナナはあははと笑って、いいよと言う。
「この前は世界の始まりの話だったよね。宇宙の始まりの話。宇宙は偶然生まれたんじゃないかって」
「難しい話だったけど覚えてる。キリがサイエンス女子だって知らなかった」
「あら。私、科学は学年で1番なのよ。知らなかった?」
キリが少し誇らしげに言うのがナナはおかしくて、またくすくす笑った。
「ナナ。宇宙の始まりで起きたビッグバンのことは知っているわね?」
「言葉だけなら」
キリはナナの返事を気にせず続けた。
「ビッグバンは簡単に言うと、宇宙が大爆発を起こすことなんだけど、この爆発で何ができたか?」
キリはいたずらっ子のような表情でナナに質問をする。
「宇宙?」
ナナが恐る恐る答える。理科は全般苦手なのだ。
「うーん。合っているけど正しくは、物質なの。もっと言うと元素が沢山できる」
「元素?」
「元素。元素は原子核と電子で構成されているよね。燃え盛る火の玉宇宙の中では、原子核を構成する陽子や中性子なんかもばらばらになってしまっている。
もっと言うとクオークっていう素粒子にまで小さくなってしまう。」
「クロック?」
「それは時計。クオーク。素粒子の単位のこと。
火の玉の中の宇宙が10億度までに熱せられて、全ては極小の素粒子の世界になっている。
その後宇宙が広がるにつれて、温度が冷えてくると、元素を構成する物ができて、ビッグバンから1分後くらいにはヘリウムとかリチウムとかの軽い原子の原子核が見られるようになり、数十万年経つと水素などの物質の元ができるようになるの」
ナナは正直キリの博学に驚いていた。こんな内容を学校で習った覚えは無い。
キリは正真正銘のサイエンス女子だと関心をしてしまった。
「そもそもヘリウムとかリチウムなど聞いたことも無い」
ナナは正直に打ち明ける。
「ヘリウムは声が変わるガスが有名でしょう。水素・ヘリウム・リチウムの元素記号の順に覚えていくでしょう。
水平リーベーって語呂で覚えるじゃない。元素記号は全てではないけれど原子核の中の陽子量の順番でもあるの。
つまり陽子量が最も少ないものが1番ということ」
ナナがちんぷんかんぷんなのを見透かしたように補足をする。
やはりキリは凄い。話しながらもちゃんとナナのことを見ている。
「創世記の宇宙では、原子核よりももっと小さな素粒子の世界が支配していたの。
やがて一つ一つが結合していって、やがて大きな物質になり、宇宙は広がりをみせていくことになるの。
ナナが演じたいサロメも、たぶんこういった細かな要素が沢山集まって一つの物語を作っているはず。
だからもっと掘り下げて、物語の一つ一つを見直せば、全体の像が見えてくるんじゃないかしら」
ナナは考えてみた。
キリの言葉通りに細分化すると物語りはどう分かれるのか?
まず第一幕に兵士たちの背景の説明。次にサロメの登場とヨカナーンの叫び。
そしてヘロデ王の登場と、七つのヴェールの踊りで、最後が口付けかしら。
その物語をまた細かく見直していく。
そんなことを考えているうちに、ナナは家の近くまで来てしまった。
「よかったら家に来ない?ちょっと詳しく教えて欲しいの」
ナナはもう頭がこんがらがりそうで、もう少しヒントがもらえないかと、家に来ることを懇願する。
脚本をまとめたい一心だった。
キリは最初は家に帰りたそうにしていたが、最後には親友らしく「良いよ」と言ってくれた。
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