サイエンス女子:4.目に見えないもの

エーテル仮説

(2015年06月07日更新)

  • 夕方になってキリが帰る間際。 キリが急にユラに会いたいと言い出した。 ナナの相談を聞いているうちに、何故ナナがそこまでサロメに拘っているのかも知りたいし、何より親友の惚れ込んだ女性というのも見てみたい。 キリの本音はそこだったが、あくまでキリは物語を成功させるため、という理由でナナに持ちかける。 テストも終わって、もう少しで冬休みに入るので、冬休み前に一度部員を召集して、皆に桜花祭の出し物をサロメにしたいということを告げようと思っていた。 キリにはその場に居てもらえば、自然とユラに会うことができる。 キリはこの物語の脚本の手伝いをしてくれる人ということで紹介すればよい。 実際に随分と手助けになってくれている。 「じゃあ、終業式の日、部に来て」 そうキリと約束した。 ナナはその日までに、今日キリに宿題としてもらった、人物像を掘り下げる作業を行った。 人物像を掘り下げると言うが、サロメの話はもともとが戯曲でオペラの題材でもあるので、人物像ははっきりと決まっている。 まずサロメ。彼女は幼く、艶やかで、且つ残虐な精神を持つ女性。 オペラでは七つのヴェールの踊りを踊った後に長い唱を歌う。 体力も相当にあるバイタリティあふれる女性かしら。 舞台によってはサロメは全裸で踊るそうで、ここまで来るとストリップみたいだけど、それだけ情熱的でエネルディッシュな人物だということね。 そもそも、サロメは新約聖書では淫靡な女性ではない。 むしろ母親のヘロディアスに淫靡なイメージがある。 ワイルドのサロメは少し変。だけどそこが最大の魅力なの。 サロメの異常性は、きっと彼女自身に影を作っているに違いない。 他人では仰しきれない深い深い闇を持っている。 次にヨカナーン。 彼は預言者なので、立ち居振る舞いは堂々として、それで居て美しくなければならない。 サロメが一目で気に入る男性なのだから、きっと大人の魅力のようなものを持っていないとダメね。 大人の色気。私には分からない。大人の男性なんて、先生かお父さんくらいかしら。 私の周りには居ない。 死を覚悟しても自分の意思を貫くような男なんて居るのかしら? そしてナラポート。 彼は想像しやすい。美しい女性の僕となるような男。 そして大きな災いの前に自らの罪に命を落とす。 彼もそういった意味では美しい存在と言える。 だって自らの過ちのために命を投げ出すなんて。 最後にヘロデ王。こいつは最高にゲスい男ね。 国の半分を渡してでも若い美しい嫁の連れ子の踊りをみたいだなんて、変態としか思えない。 野獣のような男。サロメの絶望の元。 主要な人物の特徴はこんなところかしら。 キリは人物像をしっかり固めてしまえって言ってたけど、これでいいのかしら? ナナは何か物足りなさを感じて、さらに物語についての特徴も書き上げる。 特徴1:サロメは自らの欲求を満たすためにヨカナーンの首を差し出させ、殺すことを命じる。 特徴2:サロメは自分のために死んでいったナラポートについて、微塵も感情を動かしていない。 特徴3:ヨカナーンは、神への信仰から、ヘロデ王よりもサロメの母に対し非難を向けていた。 特徴4:ヨカナーンはその信心深さからサロメを遠ざけようとした。 特徴5;ヘロデ王は美しいものを我が物にすべく、不義理を果たしてまで国を奪う、欲にまみれた男である。 特徴6:ヘロデ王はサロメへの愛で全てを許そうとするが、最後にはその臆病さから神の怒りを恐れ、愛するサロメを手にかける。 特徴7:ナラポートは理性を持ちながらも、サロメの悪魔のような魅力には勝てず、その葛藤から自害する。 ナナは最後に自分が考える大事なシーンをまとめてようやくシャーペンを置く。 しかし、どこか不足を感じてしまう。 何かが足りない。漠然とナナは思った。 ここで上げた彼らは、演劇的にはこういう人間なのかもしれない。 しかし、実際には活字には無い、何か特別なものを彼らが持っている気がする。 サロメの物語に対するナナの直感は、ユラに演じさせることでよりいっそう美しい物語になるのではないか?というものがあった。 しかし、こうしていざ細かに書き上げてくると、サロメの持つ物語にはもっと別の物質の作用があるのではないか? そう思えてならない。 物語が持つ目に見えない力のようなものだろうか? その目に見えない力が、ナナを虜にしている。 ナナは再びキリに手助けをもらうため、今まとめた特徴を書いて、LINEで送る。 補足として人物はまとめたことを付記する。 キリはナナがご飯を食べて、お風呂に入っても返信をしてこなかった。 もう一度LINEで返す。 「物語の中に目に見えない何か別の力が働いていて、それが表現できません。それが何かも分からないの」 そう打ちこんで髪の毛をドライヤーで乾かして部屋に戻ると、キリから返答が来ていた。 「それはエーテルのようなものかもしれないね」 キリはたったこれだけの文章を送って、スタンプで「おやすみ」のキャラクターが届けられていた。 エーテル? 聴きなれない言葉にナナは首を傾げるだけだった。
■広告

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
↑↑クリックお願いします↑↑

Previous:登場人物 エーテル仮設 目次へ