斎藤和義 「歌うたいのバラード」

ショートストーリー:雨の夜も側にいる

(2014年11月03日更新)

  • 拝啓 葉ちゃんへ 葉ちゃん。今日もどこかで歌っているんだよね。 いつか、ミュージシャンになって、小さなホールでもいいから、ファンのお客さん入れて、自分が作った曲を演奏して。 私、そんな夢を語る葉ちゃんのことが好きだったよ。 私、葉ちゃんがギターを持って、駅の改札から私のいる所まで歩いてきて、それから、いつもの石のベンチに座って、1本タバコを吸うの。 それからギターをケースから出して、カポスタスだっけ?それをつけて歌いだす時に、決まって2回咳をするの。 少し億劫な顔で咳をするの。 知ってた?葉ちゃんの癖だよ。 葉ちゃん、10月12日のこと覚えている? 葉ちゃんが大学時代の後輩と飲んで、口論になってさ。 殴り合いの喧嘩になったんだよね。 でもそのあと、終電近くになっていつもの駅にやってきて、ギターを弾いてくれた。 私、あの日の葉ちゃんを忘れない。 葉ちゃん、タバコをずっと吸っていて、きっと辛かったんだよね。 大学の後輩にまで売れない歌うたいって言われることが。 11月8日の、あの日葉ちゃん、オーディション受けたよね。 でも結局ダメで、一緒にオーディションを受けた女の子がデビューしたっけ。 今じゃその子Mステにも出ているね。 葉ちゃんが行きつけのバーのマスターに愚痴ってこう言ってたね。 ギター1本で歌を唱うスタイルはだれも見てくれないって。 そんなことない。私がずっと見ていたよ。 それから葉ちゃんしばらく歌わなかった。 歌を忘れてしまったと私思ったよ。 葉ちゃん、昔言ってた。 歌を歌うことなんか難しいことじゃない。 何も考えずに歌えばいいって。 でもそれって難しいことなんだよ。 だから、もっと自信を持っていいんだよ。 私は、いつも考えていた。 どうやって葉ちゃんを支えていこうって。 どうやったら葉ちゃんが夢に向かって進んでいけるかって。 雨が降る夜も、冬の寒い朝もずっと葉ちゃんのそばにいたかった。 だから、私、葉ちゃんがクリスマスにケーキを売っていた、受け口の女と浮気しても、別に気にしなかった。 私は葉ちゃんの歌う姿を見ているだけで幸せだった。 葉ちゃん、この前私が玄関のドアノブにかけていた里芋も食べなかったね。 栄養つけたほうがいいよ。 いつも冷蔵庫にはビールと、ソーセージしか入っていないから、たまには暖かいものを食べないと。 この手紙の最後に私、ずっと葉ちゃんに言えなかった言葉があるの。 短い言葉なんだけど聞いて欲しい。 葉一は、手紙をそこまで読むと、自分の手が震えているのを感じた。 そして部屋を見回す。 いつもの殺風景なワンルームのマンション。 手紙は何故か机の上に置いてあった。 葉一は喉の乾きを癒そうと、冷蔵庫からビールを取る。 中にはソーセージくらいしか入っていない。 少し落ち着いてから考えて、はっきりとわかったことがあった。 誰かがこの部屋に入ってきて、この手紙を置いて出て行った。 間違いなく自分ではない。 そもそも里芋の件も、流石に誰が置いたのか分からないものは食べられなかったので、とは言え呉れた人に申し訳なかったので、外からは見えないように黒い袋に入れてから生ゴミとして出したはずだ。 捨てたことがわかるはずがない。 葉一は戸惑っていた。 もう一度手紙を見る。 この手紙の主は、自分の行動をよく知っている。 確かに受け口のケーキ売りの女と一夜を共にした。 後輩とも自分がまだ路上で歌を歌っていることを揶揄されて喧嘩をした。 でも何でそんなことがこの手紙に書かれているんだろうか。 後輩と自分と、店の従業員くらいしか知らない話なのに。 その時携帯電話が鳴る。 知らない番号だ。 葉一は少し驚いて小さな悲鳴を上げるが、同時にこの手紙の正体を知りたくて、恐る恐る電話を取る。 「もしもし?」 電話の向こうは静かだった。 小さく吐息が聞こえる。葉一はもう一度「もしもし?」と言った。 「愛し・・・」 葉一はそこまで聞いて怖くなって受話器を切った。 怖いね。ストーカー。
■広告

↑↑クリックお願いします↑↑

にほんブログ村 音楽ブログへ
↑↑クリックお願いします↑↑

斎藤和義 関連作品


Previous:スピッツ「スターゲイザー」 Next:中島みゆき「時代」 目次へ