西野カナ 「会いたくて 会いたくて」

ショートストーリー:会いたくて 会いたくて 震える

(2012年11月04日更新)

  • 今日は娘と8年ぶりに会う。 最後に会ったのが、娘が小学校4年生の時で、もうすっかり大人になっただろうか。 昔はよく「お父さんお父さん」と、何でも話してくれるお父さん子だった娘だったが、妻との離婚で妻と住むことになった娘とは次第に顔を合わさなくなり、そして8年前に私が出張で中国に出てしまったことで、ついぞ娘とは疎遠になってしまった。 それから私にも新しい家族が出来、妻にも家族ができた。 ああ、もう妻という言い方も失礼かもしれない。 彼女には川下という新しい名前があるのである。 娘も今では川下という名前で、彼女たちにとっては私はもうとうに忘れ去られた過去の人間なのかもしれない。 娘に会えなかったのには訳がある。 中国で手がける仕事が忙しかったのもあるが、本当の理由は私がまだ別れた妻のことを心のどこかで愛していたから、余計に彼女に、または彼女と住む娘に会いにくかったことがあった。 私は今の妻とは仲良く暮らしているが、どうしても思いを消すことができず、毎日妻に懺悔をする日々を送っている。 娘とは会えなくなったのではなく、その思いを少しでも消そうと努力するために会わなくしていたのだ。 それが私が彼女たちにした贖罪だと思っていた。 幸か不幸か、私の仕事は順調で、私はどんどん高いポストに就くようになっていった。 どこかで仕事に逃げていたのかもしれない。 しかし、結局会わないことでどんどん思いは募り、私は昔にも増して彼女に会いたいと思い始めていた。 私の心に占めている元妻への思いは、どうしても消えることは無い。 それならば会って全てにケリを着けよう。 そう思い私は彼女に連絡を取った。 しかし彼女は私と会うことを是とせず、それではせめてと娘に会うことだけを嘆願した。 彼女への気持ちは仕方がないとしても、せめて私たちの娘に会って、少しでも気持ちを軽くしたいと思っていた。 私は娘と会う日、娘がまだ私を覚えているのか不安だった。 私は過去の思い出にすがるほど子供じみてはいなかったが、昔娘と撮った写真を探して待ち合わせ場所に向かった。 私との思い出を忘れていたら、この写真を見せようと思っていた。 写真の娘は私に満面の笑顔で私に頬ずりをしている。 その写真を見るだけで、何だか胸が締め付けられる思いがした。 会いたい。会いたくて震える思いがした。 誰よりも君のことを知っているよって、抱きしめて名前を呼びたいと心から願った。 待ち合わせ場所は、ホテルのレストランだった。 昔娘の誕生日の日によくここに来た。 あの頃はケーキのロウソクを一息で消せなかった。 今は娘はバレーをやっていると聞いている。 あの小さかった娘がバレーをやっていると聞いたときは少し意外だったが、私は娘の成長が益々楽しみになった。 やがて時間が来て、誰かが私の方に歩いてくる。 私は背を向けてガラスに映るその姿を見ようとしたが、靴音の正体は柱に遮られて分からない。 やがて靴音が私のすぐそばで止まると、小さな声でこう言った。 「お父さん?」 私は振り返った。 そこには、娘がいる。 あの私にいつも覆いかぶさって来た可愛い娘が。 そしてあの時確かに愛していた家族の姿を思い出し涙が溢れそうになった。 私はいかんいかんと自分に言い聞かせながら、泣きそうになるのを必死にこらえて、笑顔で声の方を向く。 そこには天然パーマの髪を肩まで伸ばして、身長が190センチになろうかというブルーザー・ブロディのような女の姿があった。 肩にかけたカバンのチェーンが余計にそう思わせた。 彼女はしつらえたのだろうが、青いワンピースにヒョウ柄の服を羽織っていた。 これが上半身裸だったら確実にブロディーである。 私は一瞬唖然として、そして走馬灯のように娘の小さかった頃の記憶が蘇った。 ああ、時が経って立派に成長したんだねえ。 私は会いたくて会いたくて、そして少し震えていた。
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