エレファントカシマシ 「俺たちの明日」

ショートストーリー:不器用にこの日々と戦っていることだろう

(2012年10月22日更新)

  • 「よお、久しぶり」 賢治は待ち合わせに現れた、学生時代の旧友だった、創健の顔を見て、笑顔でそう言った。 創健は不器用に微笑むと軽く会釈のような真似をする。 「何年ぶりだ」 「・・・最後は川下のオヤジの葬式だったから、2年ぶりくらいか」 「そうだなあ。久しぶりだ」 そう言うと二人は駅から少し歩いた大衆居酒屋に向かった。 カウンターに座って、ビールと少しの料理を注文する。 小太りの店主が愛想よくつきだしを出して、二人は無言でそれを食べる。 やがてビールが来る。乾杯をするが、何となく手持ちぶさたな感じがしていた。 「かみさんは元気か?」 賢治は3年前に結婚している。結婚式を挙げなかったが、創健は二人を祝うために、自転車をプレゼントしている。 当時創健は自転車屋でパンク修理のバイトをしていたので、そのつてで安く購入したと賢治に話していた。 賢治はジョッキを片手に頷く。 「子どは大きくなったか?」 賢治は照れくさそうに、「ああ、可愛いね。目に入れても痛くない」と笑った。 子どもは女の子で、今1歳と少しで、可愛い盛りである。 「実は、昨日お前とつるんで歩く夢を見たんだ。昔みたいにお前と歩く夢を」 創健はそう言うと、学生時代の話を始める。 学生時代の二人は、どちらかというと内気で、あまり周囲とも馴染めないタイプだった。 そんな二人は波長が会い、やがて二人で一緒にいる時間が長くなった。 二人は部活もせずに、ゲームセンターに言って、時間を潰したり、古本屋で立ち読みしたりして日々を過ごしていた。 あまり目立つ方ではなく、地味な二人だったが、そんな二人でも一度だけナンパした経験がある。 どういう話の流れだったか忘れたが、兎に角どちらからという訳もなく、駅近くの東急ハンズの前でナンパを始めた。 最初は声をかけられず、かけても顔が真っ青で、声は小さく、自主的なナンパと言うよりかは、いじめられっ子が罰ゲームでやらされている感が出てしまい、当然に成功などしなかった。 結局その日は、女の子とまともに会話もできなかったが、充実して家に帰った。 二人にとってはものすごい大冒険で、何だか自分がイケメン男子たちの仲間入りしたような錯覚に陥った。 「あの時以来、ナンパは一回もしてない」 賢治はもともと強くない酒に少し酔ったのか、顔が真っ赤になってきている。 「そういえば学生時代に、クラスのマドンナだったふうちゃん覚えているか?」 創健に聞かれ、賢治はすぐに「ふうちゃん」を思い出した。 クラスの学級委員長で、容姿はそれほどでもないのだが、明るくてクラスの男子の人気が高い女の子だった。 「勿論覚えているよ」 賢治は言葉通り、ふうちゃんを完全に思い出していた。 何故なら賢治もふうちゃんが好きだったからである。 「どうした?急にふうちゃんの話なんかはじめて」 創健はしばらく黙って、何かを考えるふうにしていた。 「ちょっと相談したいことがあってさあ」 そう言うと、創健は真剣な面持ちで話し始める。 創健の話が少しまとまっておらずわかりにくいところがあったのだが、話を要約するとこういうことである。 最近ふうちゃんが夢に出てくる。 ふうちゃんは決まって自分の彼女で、いつも一緒にいる。 しかし、ある日突然いなくなったのでどこに行ったのか探すが見つからない。 途方に暮れていると、ふうちゃんによく似た女が、ふうちゃんの代わりに現れて、自分の彼女になっている。 そこで目が覚めて、なんだったんだあの夢は、となるわけである。 「ふうちゃんとは随分合っていないんだけど、なんかあまりにしつこい夢なので、何かの暗示かと思って占いに行ったんだよ。 そしたら何て言われたと思う?」 賢治はわからんと首を振った。 「それは恋だと言うんだよ。恋だぜ。最初は金返せって思ったんだが、だんだんそんな気になってきて」 賢治はほうほうとその話を聞いていた。 「俺は彼女を愛しているんじゃないかって思ってさ、愛する人のためのこの命だって思ってさ、行ったわけさ」 「どこに?」 創健はしばらく黙ってどこという場所もなく、ぼんやり見ていた。 「ふうちゃんの勤め先」 しばらくしてそう小さな声で言った。 「何でふうちゃんの勤め先なんて知ってるんだよ」 賢治がもっともな質問をする。二人はふうちゃんのことを知っていたが、向こうが二人を知っているとも思えなかったからである。 少なくとも賢治は、ふうちゃんと話したことさえなかったのだ。 「それがわかったんだよ。実家に行って数日張り込んだらさあ。彼女まだ実家通いなんだよ」 ここで賢治は創健に対し「マジか。こいつ」と思い始めていた。 実家に行って張り込みって、それじゃあストーカーじゃん。 「それで思い切って、声をかけようと思ってさあ。彼女の会社から近い駅で待って、彼女が現れたから久しぶりって」 「それで?」 賢治は淡々と話す創健に少し違和感を感じながら、しかし興味深々で話を聞いていた。 「でも結局声かけらんなくてさあ。自分の勇気の無さに落ち込んだよ。その瞬間。 そしたら急にふと思い出したんだよ。昔お前とナンパしたことあったなあって。 あの時俺たち少しビビってたけど、それなりに結果も出たじゃん」 思い出は美化されているようである。賢治の記憶では楽しかったとは言え成果は惨敗である。 でも、そのことを告げると何だかややこしそうだったので、創健の話に頷きも否定もせず、ただ無言でいた。創健は続ける。 「それを思い出して、とりあえずこの悔しさをどうぶつけようかと思って、ナンパしたんだよ。その駅の前でさあ。 そしたら最初に声をかけた子が、ご飯だけならOKの子でさあ。驚いたよ。俺相当イケてるんじゃねって思ったよ」 創健が少しテンションが上がり気味なので、賢治は「気持ちワルっ」と思っていたが、顔には出さない。 十年来の親友だし、何より自分も彼とよく似たものである。 自分はたまたま、器量もそこそこの嫁と知り合って、そこそこの結婚ができたが、基本は彼と変わらず、賢治自身も自分がイケていない事を理解していた。 そうである。 目の前の創健の姿は、自分なのである。 「で、どうした」 賢治が落ち着いた口調でそう言うと、創健は少し落ち込んだ風になった。 「彼女食事したら、行きたいところがあると行ってきてさあ。そりゃあ、行くじゃない。女の子にそう言われたらさあ。彼女絵に興味あるって言うんでさあ、駅近くの誰かの個展に行ったわけさ。そこには絵がいっぱいあってさあ。彼女この絵何かいいわね、とか言うんだけど分かんねえから適当に返事してたら、店の店員が来てさあ。カップルさんですかって。そしたら彼女もハイって、いい返事すんのよ」 「カップルじゃねえじゃん」 賢治が最もなことを言う。 「まあ、そうなんだけど舞い上がってたのかなあ。俺もいい調子になってそのままズルズル話聞くと、カップルさんがすごく喜んでくれる絵があって、それを見てくれって言うんだよ。 それで店の奥に入ると、何か男が一人いてさあ。最初は何か変だなあくらいだったんだけど、絵を何枚か持ってきて、女店員がいいでしょ、いいでしょっていう訳さ。そんで彼女も素敵ねえ、素敵ねえって」 「お前、それって・・」 創健は賢治に最後まで喋らさないようにするかのように、勢いづけて続きを話す。 「知らない間に絵を買うことになってんだよ。彼女もありがとうなんて言ってさあ。ローンの契約書を交わして、絵だけ持ってさあ。それで彼女今度見に行くねって、携帯のアドレスだけ交換してさっさと帰ったわけさ。」 一気に話すと創健は残っていたビールを飲み干した。 そして少し疲れた表情で、ビールをもう一杯頼む。 「絵って、いくら位だったんだ」 少し怖かったが賢治が恐る恐る聞くと、人差し指を一本立てて返す。 10万?と思ったが、それよりも創健がなぜこんな話を淡々と話しているのかがわからなかった。 相談事があったのではなかったか? 「お前、ひょっとしてそれから彼女と連絡ついてなくねえか?」 創健はゆっくり頷く。 「やられたなあ。たぶんその絵画販売と女はグルだな」 建治の言葉に、今度は創健は反応しなかった。 「違うんだよ。彼女ここ数週間仕事が忙しかったらしくてさあ、久しぶりに昨日電話がかかってきたんだよ。会いたいって言うから、仕事帰りに駅に待ち合わせて、飯食いに行ったんだよ。そしたら今度は、私最近体が弱いから健康食品を買いたいって言い出してさあ。」 「ちょっと待て待て。お前それまた行ったのか?」 「何が?」 「健康食品だよ。その店に行って買ったのか?その健康食品」 創健はそう言うと笑い出した。 「お前、そこまで俺もバカじゃねえよ。さすがに彼女がそういう仕事で大変なんだなあと思ったさ」 賢治は創健の言い回しに「ん?」と思う。 「彼女は多分販売員でノルマがあんだろう。だから俺に絵とか健康食品とかを売らなきゃダメなんだろうって。 でもほら頼みにくいじゃんそういうのって。だからそういう言い回しで買ってもらおうとしているんだ。大変だよなあ仕事は頑張らなきゃだしなあ」 賢治はもう一度「ん?」と今度は声に出して言ってみた。 「まあ健康食品って言ってもこれだけだから、まあ安いものでもないけど彼女のためであれば安いもんだろう。」 言いながら今度は人差し指と中指で「2」を賢治に見せる。2万?と賢治は思う。 「それでその帰りにさあ、彼女が言ったわけさ。今度は旅行に行こうって。ようわからん町名なんだけど、一緒に行きたい所があるっていうんだよ。」 創健がまた楽しそうに話すので、賢治は訳がわからなくなって、結局の所何の話かを知りたくなってきた。 「で、お前の相談って何なんだよ」 創健は笑を浮かべて答える。 「彼女と日帰りで行くんだけど、お前車持ってたじゃん。その日悪いけど車貸してくれんかなあって」 無論賢治は丁重にお断りをした。 居酒屋からの帰り際、別れを告げる創健に賢治は、「十万のローン組んで、女に逃げられないようになあ」 とアドバイスをすると、創健はあははと笑う。 「桁が一つ違うよ」 その日から創健とは会っていない。携帯がお客様の都合で繋がらなくなったからだ。 彼は本当に不器用にこの日々と戦っていることだろう。
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