YUI 「Summer song」

ショートストーリー:へこむ毎日取り戻す日々

(2012年10月15日更新)

  • 潮風が校舎の窓から入り、少しだけ夏の匂いを運んでくれた。 遮光カーテンの隙間から、部活に励む後輩たちの声が聞こえる。 これから本格的な夏がやって来る。 去年の私は、仲間たちや先輩たちと一緒に、グランドで走り込みをしていた。 でも今年は受験を控えているので早めの引退をして、東京の大学を目指すために頑張ることにした。 だけどどこかしっくりとこない感情があって、勉強に身が入らない。 こうして誰もいなくなった教室で、一人勉強をしていても、どこかで部活のことが気になって仕方がない。 私には好きな人がいる。 高校1年生の時同じクラスで、今は、理系進学クラスの私とは違って文系クラスにいる彼。 だけど彼は私が好きなことを知らない。 勇気を出してそう言えば良かったのだが、私にはどうしてもできなかった。 私は彼に近づきたくて同じ部活に入った。私は彼のグランドを走る姿をいつも見ていた。 彼の姿が眩しくて、私はいつも自分が何だか無理な恋をしているんじゃないかという気がして、告白どころか話しかける勇気さえずっと持てなかった。 秋の大会でチームが負けた時、私は初めて彼に話しかけられた。 きっかけは私が間違って、彼のタオルを持って行ってしまったからだったが、それをきっかけにして初めて家までの道のりを一緒に帰った。 彼は悔しいけど次の夏の大会には結果を残したいと、私に笑顔で語った。 その笑顔が眩しくて、私は彼のことを好きで良かったと思った。 高校2年生の夏、町の花火大会の夜、私は彼と偶然会った。 彼は家族と来ていると行って、私は家族の仲がいいんだねと笑った。 浴衣の裾に焼きイカのタレがついて、ハンカチで一生懸命に取ってくれた。 私は初めて彼の顔を近くに感じて、胸が高鳴った。 彼はその時も変わらぬいつもと同じ笑顔で、私に「取れたよ」と笑った。 その時私は彼に聞こえるか聞こえないかの声で「好きです」と言ったが、花火のスターマインのはじける音にかき消されてしまった。 それからも私は彼と良く話をして、たまに時間があるときは、校舎からほど近い海岸に行って、日が暮れるまで話をしたりした。 彼の話はドラマの話とか、家族の、特にお姉さんのことだったりだったが、いつも私を楽しませてくれていた。 砂浜で波の音を聴きながら過ごしていると時間を経つのを忘れて、二人でよく時計を気にしたりした。 だけど、私はただの一度も彼のことを好きだとは言えなかった。 言うと、何だかこの関係が壊れてしまいそうで怖かった。 私はそんな高校生活で彼が好きだった自分を思い出していた。 でも今はもう部活も辞めて、私は彼のことを見ることも、話をすることもなくなった。 私は親の都合で、高校を卒業するとこの街を出て、東京に行かなければならないし、彼は自分の夢を追いかけることだろう。 彼は卒業したら、稼業の洋菓子店を継ぐために、海外に修行に行くと言っていた。 私は、本当にこの夏が彼と合うことができる、最後の夏かもしれないと思うようになっていた。 誰もいない教室で、ずっとそんなことを考えていたら、少し憂鬱になってきた。 最近は毎日こんな感じで、彼のことを思う度に凹んだ気分になる。 私は教室を出て、後輩や彼がボールを追う姿を横目に感じながら、校舎をあとにした。 ひまわりが風に揺れている。 もう、すっかり夏が来ていて、私は知らずに海に足が向いていた。 そして彼とよく座った浜辺に降りる階段に腰掛けて、波の音を聞いていた。 「おい、浜口」 浜口は私のことだ。その声はよく知る彼の声だった。 私は振り返った。彼がユニフォーム姿で立っていた。 「お前部活やめてから全然顔出さないけど、どうしたんだよ。皆心配してるぜ。」 彼は少し心配そうな顔でそう言った。 私は、自分の気持ちを言ってしまいたかった。 私が貴方が好きだってことを。 そして貴方の近くにいるために、東京に行かないで貴方と一緒にいたいということも。 だけどそれを言ってしまうと嫌われてしまうことも分かっている。 私は何も言えずに、涙が出そうになった。 彼は私を見て、より心配そうな顔をした。 「大丈夫か。勉強のしすぎか?」 私は少しくすりと笑った。それを見て彼も笑顔になった。 「浜口。勉強もいいけど、俺たちは同じ部活の仲間だったんだから、たまには顔を出せよ。」 そういうと彼は部活の途中だったらしく、早足で走り去ろうとした。 私はもう、彼に対する気持ちが抑えられなくて、道路の向こうに走っていく彼の姿を見ながら大声で叫んだ。 「わたしは・・・。私は、あなたがずっと好きだった。私はずっとあなたが好きだった。」 その声に彼は歩を止めた。エースピッチャーの背番号「1」の文字がゆっくりと振り返り、彼は少し驚いた表情で私にこう言った。 「ごめん。俺、男とは無理だわ」 ああ、やっぱりね。 そんなものよね。 それから私は東京の大学に合格するため勉強に打ち込んだ。 こんな田舎の街なんてもうまっぴらよ。 そう思っていた。
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