仁義なき戦い

監督 深作欣二
出演 菅原文太 金子信雄
制作 1973年日本

わしらもう、野良つくほどの性根はありゃせんのよ

(2014年12月03日更新)

  • 「このクソばかたれが」 怒号とともに持っていた鉄パイプを振り下ろす。 「泥棒の番しとるもんが、おどれで泥棒しとったら、誰がけつ拭くんじゃい」 殴られているのは昭和の名脇役、川谷拓三さん。 鉄屑場のガードをしている地回りのヤクザの役だが、鉄を盗んで売りさばいていたため、拓三さんはメッタ打ちされてしまうのである。 菅原文太さんの主演ヒット作、「仁義なき戦い」の名シーンのひとつである。 カッコイイ人がいる。 昔カッコ良かった人はたくさんいる。 菅原さんはいつ、どの場面を切り抜いてもカッコよかった。 仁義なき戦いで、死んだ仲間の弔いに行って、拳銃を打つシーンもカッコよかった。 トラック野郎シリーズで、トイレに駆け込むシーンもカッコ良かった。 『朝日そーらじゃけん』もカッコ良かった。 何をしていても絵になる俳優。こういった人は稀有である。 だから誰もが認めるスターなのだろう。 菅原文太さんの演じる役は、どうしようもない、それこそ脳髄反射で生きているような感じの人が多い。 この役柄をやれる人を今の俳優に当てはめても、実は思い当たる人はいない。 何故か? 実社会でそう言う感じの人が少なくなって、演じる必要がなくなったからである。 最近の日本人はどこか小賢くて、それでいて損得で動く傾向がある。 直情で動く人は嫌われ、小馬鹿にされる。 だけど、僕たちには感情があって、どこにでも行くことができて、自由な思想がある。 心が揺れればいてもたってもいられないだろうし、間違いを悟れば全力で戦っていくだろう。 しかし、そう言う人は損をする。 損をする人は愚か者である。 仁義なき戦いは紛れもないヤクザ映画である。 なので損得は関係なく、唯の悪い人の映画である。 しかし、菅原文太さん演じる広能というヤクザは、とにかくカッコいい。 悪い人はカッコいいと思う、ワルに憧れる女子高生のそれではなく、一本筋の通った男気を文太さん演じる広能は見せる。 損得勘定よりも仁義で動く。 そのストイックさにどうにもしびれてしまうのである。 僕は映画や俳優は時代の鏡だと思っている。 映画はその時代の考えを描き、俳優はその当時の人々を演じる。 菅原さんの演じた広能は、ヤクザとは言え、間違いなく多くの人の心を打つ人物だったのだろう。 そして昔の多くの日本人は、利害を抜きにして戦い、そして生きてきたのである。 仁義なき戦いのシリーズ四作目の終わりに広能が、同じくヤクザの組長である小林旭さん演じる武田に言う。 「もう、わしらの時代は終いで」 冬の雪がちらつく裁判所の廊下で広能は少し力を無くしたように言う。 確かに仁義を通す時代はもう終わったのかもしれない。 しかし、多くの日本人の魂に、仁の心はあるはずである。 「わしらもう、野良つくほどの性根はありゃせんのよ」 広能のセルフは今の僕たちに向けて言っているような気がしてしまう。 野良つくほどの性根もなく、ただ毎日の生活に安穏として、イエスもノーも言わない生活。 劇中の文太さんはそれとは真逆の、自分の信じる道を武骨に、ただ考えなく進んでいく。 そういう今の自分たちにないものを、菅原文太さんは映画の中で見せ続けてくれた。 ・ ・ 2014年11月28日。昭和の大スター菅原文太さんの訃報が届いた。 菅原文太さんが生まれた東北の地では雪が降り始める季節である。 ご冥福を心からお祈り申し上げます。
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