ソーシャル・ネットワーク

監督 デヴィッド・フィンチャー
出演 ジェシー・アイゼンバーグ アンドリュー・ガーフィールド
制作 2010年アメリカ

プログラミングに長けた男が作り出す未来

(2012年01月01日更新)

  • ブレードランナーというSF映画がある。 内容は、近未来に人間が宇宙開拓のための労働用に作り出した人造人間が、反旗を翻し、人間と見た目が変わらない彼らを処刑するために結成された専任捜査官の物語である。 公開当時は人気が無く、上映打ち切りの映画館も多かったようだが、コアな人気があり、特に日本語がそこらじゅうで出てくることでも有名な映画となっている。 ブレードランナーの中で描かれる近未来はかなりのカオスである。 大阪の下町生まれの僕でも、「うわあーカオスやなあ」と感心するほどカオスである。 ネオンサインにはどこの国かもわからない(日本語も含めて)文字が溢れ、都市の風景もまるで整然という言葉とは程遠く、そして映像は全体的に暗く、どこか汚らしい印象を受ける。 ベースは香港の横道や台湾の夜市のような雑多な場所だろうか、近来年のきらびやかさはなく、路地裏の、路肩の下水から臭気を漂わせながら、ビルとビルの隙間にある小さな屋台で人々は食を取り、壁には電光掲示板に日本の企業名が打ち出される。 映画の中はゴミゴミとした、汚らしい世界で、限りなく血の通った、吐瀉物の酸えた臭いのする世界だ。 先進技術に溢れているはずの未来は、思ったよりも無機質な世界ではなく、独特な温気を伴う鈍色の景色の中で、飯を食べ、眠りそして死んでいく世界。 未来は金色どころか、灰色に染まっていると、その時は思った。 それから30年経ち、当時からすると近未来の現代は、特にごちゃごちゃしたところもなく、どちらかというと、街並みも思っていたよりは美しく、何よりも豊かになっている。 当時よりは色んな国の人々を見かけるようにはなったが、日本語で不自由するようなことはない。 少なくとも日本の中にカオスは存在しないようだ。 しかし、30年という時間で人間が作り出したものによって、そのライフスタイルを大きく変えていった。 例えば携帯電話とパソコンは、人の営みや仕事、ビジネスの形さえも変えてしまった。 モノを買うときも、昔は店に通い、店員と会話をして仲良くなり、行きつけになって初めて、価格などの便宜を尽くしてもらったものを、今やネット上で一番安いものを選択して購入が出来るので、店に出向かなくても、会話をしなくてもよくなっている。 人と連絡を取りたければ、携帯に電話をし、GPSで居場所までご丁寧に確認が出来きたりもする。 またパソコンなどではネットの住人と呼ばれる、現実とバーチャルを使い分けて生活をする人も現れる。 現実世界では個を発揮するのにも才能や地位などさまざまな自分を引き立てる要素が必要だが、バーチャル世界では容易に個を形成でき、人に合わせることも無く、会話することさえも無く、様々な主張をすることができる。 結果として、様々な言葉や考え、知恵や祈りが世界を埋め尽くしてしまっている。 カオスは現実で起きているのではなく、バーチャルと頭の中で起きているのである。 そしてその混沌の中で、言葉は世界を飲み込み、肥大化した脳に支配され、コミュニケーションのあり方さえ変わっていってしまうだろう。 学生時代に作り上げた「フェイスブック」は今や全世界に多くの愛好者を生み、会社評価額も数百億ドルと言われるSNSを作り上げた男は、失ったものも多く、そして得たものも多くある。 生活様式を変え、世界中に求められるサービスを作った男を題材にした映画は、エジソンや日本の松下幸之助のような、偉人としてではなく、ゴッドファーザーの成功と寂しさに似ている。 映画の最後で男は、「あなたはただ悪人のフリをしているだけ」と言われる。 悪人のフリをしている天才の作る未来は、どのような未来なのだろか? この世界はこの後どうなっていくのだろうか? この答えをお持ちの方は、僕のフェイスブックページまでアクセスください。
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