龍三と七人の子分たち

監督 北野武
出演 藤竜也 近藤正臣 中尾彬
制作 2015年 日本

人は一人では生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない

(2015年11月01日更新)

  • じゃりン子チエという漫画がある。 大阪の下町を舞台にした青年誌に掲載された漫画で、アニメ化も映画化もされた。 映画の際には横山やすしさんや笑福亭仁鶴さんが声優をやるなど、関西では何かと話題になった漫画だった。 何より、完璧な大阪弁のアニメが珍しい時代だったので、大阪で少年期を過ごした僕なんかは、比較的感情移入しやすい漫画ではあった。 知らない人のために内容を簡単に書くと、通天閣が見下ろす大阪は下町、新世界でホルモン焼き屋を営むチエは小学生。 親父は半端なヤクザもののテツ。働きもせず、ばくちと喧嘩に明け暮れる毎日。 母親はそんなテツを見限って家を出て行ってしまった。 チエはそんな家を支えるため、小学校から帰るとホルモンを焼き、下町の男達に酒を給仕する。 こうやって書くとなんちゅう暗い漫画だろうかと思うのだが、背景は上記の通りだが、その環境で生まれる人々のかかわりが、何とも関西的というか、コミカルで楽しい。 何より主人公のチエちゃんが、ヤクザをもカツアゲするテツを怒鳴りつけ、投げ飛ばし、下駄で頭をはたく姿が、愛らしくたくましく、ほほえましい。 関西という多分他の地域と異なる、独特な文化を持つ土壌の中とは言え、この物語はやや異色ではあるが、不遇な境遇に対し、笑いで生き抜く姿は、子どもながらに共有ができたのを覚えている。 チエちゃんは、そんな環境で育つせいか、大人顔負けのセルフをよく言う。 口癖は「ウチは日本一不幸な少女や」で、我が子が言ったら涙ぐんでしまう台詞を悲壮感なく言ってのける。 「ウチは男運が悪いんやろうか。ろくな男が集まらん」 これも我が子が言ったら学校を転校させることを考えそうだが、チエちゃんはホルモンを焼き焼きそんな台詞をつぶやく。 「楽して金儲かるもんは全部バクチじゃ」 我が子が言ったら勝てない競馬をやめてしまいそうだが、一方で電話詐欺グループや、IT技術で一攫千金とか思っている人に聞かせたいセルフである。 チエちゃんの姿は、ひょっとしたら勤勉で、しかしたくましく、逆境も素直に受け止める、昔の日本人のステレオタイプなのかもしれない。 しかし、豊かな時代の中で、浪花節的なその生き方を見せられても、緩みきったわが身にはなんだかしんどいだけである。 チエちゃんのような、耐え忍ぶ姿は本来美しいものだが、それが関西という衣を着て、コミカルに漫画化されているので、子どもであった僕でも楽しんで見ることができたのかもしれない。 いずれにしても、ものすごいパワーのある漫画であることは確かである。 ということで今回の映画紹介は、世界のキタノ監督の「龍三と七人の子分たち」である。 「じゃりん子チエ」の前置きか始まって、何が「ということで」なのかはさておいて、映画の中に流れるものが、古い日本の姿をコミカルに描くという意味において、チエちゃんを思い浮かべたからである。 この映画の面白いところは、年老いたヤクザが、自分達のルールでしか動くことができず、今では破天荒と思われることをやってのける姿にある。 しかも大抵は悪の象徴のように描かれるヤクザが、任侠心から法律に隠れた悪に立ち向かう姿は、チエちゃんのようなたくましさを思わせる。 常識の世界だけで人は生きているわけではない。 善悪だけで、正否だけで生きているわけではない。 しかし、そんな中でけなげに自分の生き方に凛として立ち向かう姿に、古いも新しいも無いなあと思うわけである。 そしてそれを笑いという形に昇華させて暗いものにしない。 どこかに救いがあるから、人をひきつけるのである。 映画の中で龍三は言う。 「ヤクザのようなことをやっておきながらヤクザとは違うとは虫が良すぎるだろう」 悪人が善人の面して悪をやってのける姿は、ずるさを感じ、悪人が悪人の成りをするのは、開き直りに似た不器用さを感じる。 不器用だからこそ、悪人は悪人にしかなれず、善人は器用だからどちらにもなることができる。 ヤクザという職業は確かに悪なのかもしれない。 しかし、ヤクザな生き方しかできない生き方を選ぶ人もいる。 悪人が悪人の面をして、悪を隠さず生きることに、社会が受け入れる必要はないが、そうするしかない個を受け入れるやさしさは、社会の中にあってもよいように思うのである。 要は、人を測るものはレッテルではなくて、やさしさなのではないかなあと思ったりするわけである。 「人は一人では生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない。」 チェーホフだったか、そんな言葉がある。(誰か忘れました。ググッてもわかりませんでした) その言葉に僭越ながら足すのならば、「笑いこそが人の生きる糧になる」のだと思う。 やっぱり笑いは大切である。
■広告

にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ

DMMレンタルLinkボタン あらすじLink MovieWalker
 VivaMovie:ら・わ行へ