ムーンライト

監督 バリー・ジェンキンズ
出演 トレヴァンテ・ローズ アシュトン・サンダース
制作 2016年 アメリカ

いつまでも心に残り続ける思いがある

(2018年03月25日更新)

  • 雨が降ると共同住宅の壁の色が灰色がかって見えてなんだか寒々しく感じた。 旧式のエレベーターは何度が途中で止まってしまったことがあるのでいつしか使わなくなってしまったが、4階までの階段を上がる足取りも、雨の日はなんだか重々しい。 家について鍵を開けると、机には今日の晩御飯の作り置きがかごにかけられて置いてある。 兄はまだ帰っていない。または返ってきてもすぐに出かけたか。 少年は学校の荷物を置いて着替えるとご飯を食べて塾の支度をする。 塾の宿題は昨日終わらせているので鞄に文房具入れを入れるだけなのだが、雨の降る日は鞄をリュックに変えていく。 自転車を運転する際に傘を持てるようにするためである。 準備を終えると住宅の狭い通路のすぐ横に止めている自転車を担いで階段を下りていく。 下から誰か上がってくると厄介ではあるが、少年はこの行動をもう1年以上行っているが、今まで誰ともすれ違ったことはない。 少年は雨の中自転車に乗りながら今日の事を思い出す。 少年は女の子に漫画本を貸していた。 学校に持ち込むのは禁止なので、こっそり鞄に忍ばせていた彼女は、自分の部活が終わって少年の部活までやってくると、そっと漫画本を返した。 そして彼女は一緒に帰ろうといったので、少年は途中まで一緒に帰ることにした。 とは言え彼女の家は学校のすぐそこだったので、多分時間も十数分程度の事だったと思う。 彼女は道すがら、期末テストだか何だかの話を少年にした。 少年は少し面倒に言葉を返す。 女の子の前だと口下手だったのと、少年自身が彼女のことをあまり気にかけていなかったからなのだが、彼女はお構いなしによくしゃべった。 雨が少し降り始めてきたので、彼女の住むマンションで少し雨宿りをする。 彼女は傘のことを聞いてきたので、傘は持っていないし、いらないと答えた。 「漫画を貸してくれたので」 そう言って彼女は傘を持ってくるからと一度エレベーターに乗り自分の住むフロアーまで行ってしまう。 少年はそのまま待つことがどうしても恥ずかしくて、そのまま降り始めの雨の中家に向かって走り出していく。 雨のせいで気持ちが沈んでいるせいなのかもしれない。 彼女を待たなかった自分がどうしてかひどいことをしたような気がしてならなかった。 仮に彼女が少年になぜ待たなかったのかを聞いても、塾で急いでいたと言えば良い。 別におかしなことではない。 そう考えていたのに気持ちがどこかに引っかかってしまう。 少年は自転車のペダルを強く踏んで、塾への道のりを急いだ。 それから数年して、少年は青年になり、ふとその時のことを思いだした。 それは本当に突然で、何気なく車窓から外を眺めている時に、春の嵐のように前触れなくエレベーターに消えていく彼女の姿を思い出した。 実はその時の彼女とはそれから会話を交わしていない。 一度予備校の近くのビデオ屋でアルバイトをする彼女に会ったことはあったのだが、その時も一言話したかどうかくらいだった。 正直もう覚えてはいない。 しかしあの雨の日に少年がとった行動が、どこかで彼女を傷つけてしまったのではないか?という感情になって、いつまでも記憶から消えていないことに気づく。 「ムーンライト」を観ながらそんな物語を頭の中で描いていた。 誰にでもある少年時代の思い出である。 些細なことで時には人を傷つけて、時には人を好きになる。 「ムーンライト」で描かれる世界は、決して特殊なスラムの話ではない。 恵まれた環境の中でも、優しさに触れられず、愛を感じないケースはある。 恵まれない環境の中でも多くのやさしさに育まれ、愛に満ちたケースはある。 不遇な時代の中で小さなことから大きな思いにつながることもあり、いつまでも心に残り続ける思いがある。 結果その物語を自分の中で大切にして生きていくこともあるのかもしれない。 僕はこんな時にいつもこの言葉を思い出す。 世界に愛は期待できない。しかし愛を与えることはできる。 思いは誰かの中で生き続けるのかもしれない。
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