ギルバート・グレイプ

監督 ラッセ・ハルストレム
出演 ジョニー・デップ ジュリエット・ルイス レオナルド・ディカプリオ
制作 1993年アメリカ

どこへでも、どこへでも

(2015年04月14日更新)

  • 何となく嫌で仕事するのも辞めてぷらぷらとしていると、知らない間に大学に行くことになっていた。 4年間の楽園生活を楽しむのもいいかと予備校に通いだすのだが、そもそも勉強が好きではないので、日がな本を読んだりして過ごすことが多かった。 好きだった大阪にある服部緑地という公園で、寝そべりながら宮本輝さんの小説なんかを読んでいると、どこか心が洗われる感じがしたものである。 大学に入ってからは、文章を書きたくて、とにかく書き始めた。 別に小説家になりたかったわけではないのだが、その時は無性に何かを書き残したいと思っていた。 でもそんな思いも、大学生活の楽しさと、毎日のめまぐるしさで、いつしか少しずつ忘れていってしまった。 働いていた時の給料と、大学に入ってはじめたビデオ屋のバイトでバイクを買って、ただ何となくどこかに走り出してみようと思うのだが、結局はどこにもいけず、好きだった彼女と一緒に繁華街の町をぶらぶらして過ごしていると、たまにだがこのまま街に吸い込まれてしまえば良いのに、という気分になることもあった。 そんな少し享楽的な気分からか、稼いだお金は、音楽と酒と、当時好きだった女の子との生活に費やして全て使ってしまっていた。 全てあの頃僕が好きだったものだ。 今はどれもそんなに好きではなくなってしまった。 あの頃の自分はどこか直感的に生きていたが、今の自分は理性的に生きている。 いろいろなものを抱えてしまっているからそれは仕方が無いのだが、だとしても、もう少し自由があってもよい。 別に結婚しているが他の女性を愛したいとか、有給を気にせず旅行に出かけたいとか、そういった話ではなく、毎日やることに追われるのではなく、毎日やることを探す自由があってもよいのではないかと思うわけである。 たとえば僕は今深夜の3時にこのエッセイを書いている。 会社でプログラムを作った後に、書いているわけで、かれこれ15時間くらいはパソコンの画面を見ていることになる。 僕の自由は19インチのモニターの中に埋もれてしまっている。 「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある。 僕はこの言葉が好きだ。 生活に余裕があるから、人は人らしく行動することができる。 しかしこの言葉の根源は、衣食を足りていない人が前提になっている。 豊かな日本で衣食が足りていない人はどれだけいるのだろうか? 僕は子どもの頃、比較的貧しい家に育ったが、衣食が足りていないことは無かった。 大学生の頃、それこそバイトをして金もあり、生活はそれなりに豊かだったのだが、あの頃の僕は衣食が足りない生活を送っていた。 酒を飲んでは帰らずに公園で寝て翌日学校に行ったり、週に3日彼女とラブホテルで過ごしたり。 食べるものが買えずにバイト先に行って食べ物を拝借してみたりと、それこそ無頼な生活を過ごしていた。 若さの特権なのかもしれないが、少なくとも礼節はなかった。 衣食足らずして礼節知らない時期を過ごしたからこそ、その自由さを体が覚えている。 今のパソコンのモニター画面の中で生活を送る身としては、どこか窮屈さを感じて仕方が無い。 そんな頃に出会った映画「ギルバート・グレイプ」では、今の自分がどれだけ自由なのかを知った。 そして人は生活のために多くを犠牲にしていることに考えさせられた。 青年は家族に身を捧げ、家族のために多くの自由を失っている。 鬱屈とした思いは、ちょっとした間違いを起こすが、結局は家族への思いに自分を捧げていく。 清らかで美しい物語である。 礼節を知らなかった大学生の時に映画を観て、自由であることはとても大事なことだと思った。 礼節を知るためには人は満たされなければならない。 満たされるために人は自由を失う。 映画の青年は、愛する人を守るために、自由を捨てた毎日を送る。 その姿がいじらしく、切なく、そして哀れだと思っていた。 今はそうは思わない。 今、自分が映画の中の青年ほどではないにしろ、いくつかの自由を失い、同時にそこまで自由を求めていない姿を知り、安堵している。 礼節を知り、愛情を重んじる生活に、そこまで重さを感じていないからである。 そして今求める自由というものは、大学生の頃に自分が持っていた、ただ荒くれた自由ではない、「衣食足りて礼節を知る」自由であることを、ちゃんと理解をしている。 僕もやればできるのである。 映画の中で青年は、自分を縛っていた生活から開放されるように、家を焼き、街を出て行く。 知能障害の弟に「僕たちはどこへ行くの?」と聞かれ彼は、「どこへでも、どこへでも」と答える。 どこへでも・・・。それは果てしない向こうではなく、きっと手に届く範囲の自由のことなのだろう。 愛を理解し、自分を縛り続けた日々があるからこそ、その自由には価値がある。
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