スーツ  ツンデレ

短編:ツンデレな沙織ちゃん

(2012年10月1日更新)

  • 背が高くて、目鼻立ちがはっきりしていて、世に言う美人だが、新入社員の神崎沙織には欠点があった。 美人にありがちの高飛車な性格で、周りの男性ウケがすこぶるよろしくない。 例えば先輩社員が仕事を教えても「ありがとう」の一言だけで、決して「ございます」まで言わない。 しかも怒りっぽいときているので、まだ入社2ヶ月だというのに、影のあだ名はお局ちゃんと呼ばれている。 この前も、来客でお茶を出してくれ、と上司の柿崎係長に言われて、「何故そんなことをやらなければならないのか」で、数十分キレたこともある。 その時は結局、彼女の先輩で、社内でも人気ナンバーワンの淑子ちゃんが、「私がやります」と名乗り出てくれたので、なんとか収まったが、それでも彼女は係長に悪態を吐き続けていた。 そんな彼女を心配な僕は、事あるごとに話をしようと思うのだが、いかんせんそんな性格の彼女なので、僕のようなチェリー丸出しの男に気にかけられること自体にキレられかねない。 そんな思いから、僕はあと一歩が踏み出せないでいた。 ある日、仕事で手痛い失敗をした沙織が、上役にこっぴどく怒られてしまった。 その時の彼女は、特に気にしていないようだったが、別フロアーの作業部屋で僕が作業をしていると、沙織が急に入ってきた。 僕はびっくりしていると、沙織は僕に気がつかず、人知れず泣き始める。 僕はそっと彼女にポケットに入れていた缶コーヒーと、ハンカチを渡した。 彼女は小さな声で「ありがとう」と言ったが、僕はその声に気づかないフリをしつつ、そのまま作業部屋を出て自分の仕事を始めた。 本当は何か言葉をかけてあげたかったのだが、彼女の涙に気の利いた言葉が思いつかず、精一杯の努力でハンカチを渡すことができただけだったのである。 しかし何も言わなかったことが功を奏したようで、それから5分もせずに沙織が帰ってくると、僕の机に僕が先ほど渡したハンカチをそっと置くと、まるで何もなかったように自分の席で仕事を始めた。 その変貌ぶりに最初は驚いて、逆にやっぱり僕のようなチェリー丸出しくんが、彼女のような綺麗で特別な人間の弱みを見て、しかもハンカチまで置くというキザをやってのけたことで、彼女はプライドを傷つけられ、キレてしまったのではないかと思った。 少し戸惑いながらハンカチをポケットにしまおうとすると、ハンカチに何か挟まっているのに気づいた。 ハンカチを開くと、手帳を破いた紙に「ありがとうございます。」と書かれ、文字の下には、笑顔の可愛らしい女の子のイラストがついている。 その瞬間に僕の心の鐘が鳴り響いた。 その夜、定時が過ぎても残業をしている僕の机に沙織がそっとやってきて、そして小さな声で、 「今日、お暇ですか?良ければ食事でも一緒にどうですか?」 というお誘いをしてくる。 僕は、今日が人生最大のフィーバーだと思いながら、クールに「ああ」とだけ答えた。 「じゃあ、駅近くの○○へ来てください。私先に行っていますので」 そう言うと沙織は、またいつものように、同僚に挨拶もくれず、会社をあとにした。 僕が会社を出たのは、30分後だった。 いつもは営業先の訪問報告を書いたり、雑用に2時間強くらいは会社にいるのだが、特別な用事があると、急いで仕上げる。 上司も「親でも危篤か?」とブラックな冗談を愛想笑いで切り抜けて、僕は駅前に向かった。 彼女が指定した居酒屋は、個室のある、少し高そうな所だった。 僕は財布に入っている金を頭で計算しながら、いざとなったらカードもあるかと開き直ってから中に入ると、店員は直ぐに中に案内してくれた。 個室には沙織が一人で座って、携帯を見ながら僕を待ってくれていた。 僕を見ると彼女は綺麗な微笑みを見せて、 「すいません。すぐにわかりましたか?」 といつもと違い僕を気遣うセリフで迎え入れる。 僕はそのいつもと違う彼女に面妖に思いながら、慣れない女性と二人きりで緊張しながら、スーツも脱がずに席に着いた。 店員が注文を聞くので、ビールを注文する。 彼女もそこで初めてカシスオレンジを注文した。 そこからの彼女は、まるで普段とは別人で、会話は敬語だし、話をするときは目を見て、たまにかわいく伏し目がちになるし、何よりもよく笑う。 僕は酒の力もあって、普段の彼女とはまるで印象が違うことを彼女に伝えた。 すると彼女は急に深刻な顔になった。 「私、極度の人見知りなんです。だから人と話す時も緊張してしまって。こんなんだから友達もいないし、私、恥ずかしいけど彼氏もできたことがないんです」 そういうと、少し悲しい目を僕に向ける。 「でも、不思議なんです。私、貴方となら緊張しないっていうか。失礼に聞こえたら本当にごめんなさい。 私、家族以外に素直な自分になれる人に出会ったことが一度もないんです。 今日、私、実は貴方がいた事に気付いていて、わざと貴方のいた作業部屋に入って泣いてたんです。」 僕はそう涙目に言う彼女に驚きすぎて、たぶん阿呆のように口をあんぐりさせていたと思う。 人生初めての経験で、どんな顔をすればいいのかわからなかった。 「貴方になら本当の自分を出すことができる。そう思ったんです。」 それから僕たちは1時間程いろんな話をして、そのまま店を出ると、「どこに行こうか」「あなたの行くところならどこでも」なんて、ドラマでしか見たことが無かったベタなセリフを繰り広げ、気づけば坂の多いホテル街にいた。 初めてのラブホテルに入り、彼女が部屋を決めると、彼女がシャワーを浴びに、バスルームに入る。 僕はスーツを脱いでベッドに腰掛けていた。これからの展開を自分なりに想定して、緊張をしていた。 その時に、急にラブホテルの扉を叩く音がした。 「おい。おるのはわかっとるんや。はよ開けんかい」 そう怒鳴る声は、確実に僕の部屋の前から聞こえていた。 何がなんやら分からず彼女がいるであろうバスルームを見ると、バスルームからはシャワーの音しか聞こえてこず、僕は気が動転して、扉を開けてしまう。 ホテルの前には、強面のお兄さんが二人嬉しそうな顔をして立っていた。 そして僕の胸ぐらを掴むと、 「おい。俺の女に手を出すとは、ええ度胸しとるやないか。ああん。この落とし前、どないつけてくれるんじゃい!」 とまるで台本通りの見事な言い回しで威嚇してくる。 その瞬間に僕は、ああやられた。これが美人局というやつか、と思いながら、もう一度シャワールームに目を向けると、反射したガラス戸から見えたシャワールームの彼女が、椅子に腰掛け、タバコをくゆらせながら携帯電話を弄っているのが見えた。 ああなるほどね。 皆さん現実のツンデレには気をつけましょうね。
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