二・二六事件への布石3

国家総力戦への呼びかけ

(2015年01月22日更新)

  • 二・二六事件という昭和史に残るクーデターへの布石の最後は、国家総力戦への機運の高まりについて話していく。 これまでの経緯として、日本は国際連盟を脱退し、国際的に孤立をする。 国内では不況が続き、冷害による凶作で東北地方の貧困は深刻で、あまり景気の良い話も聞かない。 少しずつ、このままではやばいんじゃね?という空気があったのだろう。 社会を根本から変えなければならないのではないか?という気持ちがやがて一つの形となっていく。 軍部内でもこういった社会の機運に合わせるように、例の皇道派と統制派が対立する。 軍の主流勢力となっていた統制派では、軍の大将を中心に動くのではなく、軍の組織全体を生かし、一糸乱れぬ統制で革新していくという考え方を持っていた。 一方で皇道派は、北一輝の思想を大いに勉強をしていたためか、今の組織のあり方を根本から変えて、ドイツのヒットラーのように、若い大きな力で軍を引っ張っていくべきだと主張する。 お互い軍の刷新という部分では意見は一致していたのだが、方法論の部分では衝突してしまう。 少し話は変わるが、第二次大戦を考える時に、当時のドイツが世界に与えた影響について、どこか頭の隅に置いておく必要がある、ということである。 ドイツは1929年の世界恐慌と1931年の金融恐慌によって経済的に壊滅的な打撃を受け、国内の失業率は40%に達し、社会情勢不和に陥っていた。 ヴァイマル共和政から政権を握ったヒットラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)は、大きく国の方策を転換していく。 この革命に近い変換は、当時の日本にもおそらく大きな影響を与えたと思われる。 国家が危機的状況に陥る状況下において、伍長上がりの男が国を立て直す姿を見て、軍部の青年将校達は、自らの姿を投影したのかもしれない。 とりわけ皇道派の青年将校達は、北一輝の思想に取り込まれ、我々が変えていかなければ、という気持ちが強くあったのかもしれない。 そんな思いの中、1934年10月に、陸軍省から「国防の本義とその強化の提唱」と呼ばれるB6判のパンフレットが発行される。 所謂「陸軍パンフレット事件」である。 このパンフレットは北一輝の「日本改造法案大綱」をより具体化したような内容になっており、中は五つの項目に分かれていた。 どんなことが書いてあるのだろうと読み始めると、出だしの「たたかひの意義」にこうある。 「たたかひは創造の父、文化の母である。試練の個人に於ける、競争の国家に於ける、斉しく夫々の生命の生成発展、文化創造の動機であり刺戟である。」 ちょっとだけ難しいのでかみくだいて言うと、戦争こそ人類を進歩させるものですよ、というようなことのようだが、この文以降は国防、国防と、とにかく国防を中心に経済の見直しや国策を立てていく必要があるということを大合唱している。 途中では先ほど述べたドイツの例もあり、ドイツは第一次世界大戦で敗れはしたが、他国の軍隊を国に入れさせていない。 敗れた理由は経済封鎖による国民の戦意喪失あるのではないか、等が書かれている。 今読んでもものすごい内容である。 ここで書かれていることには二つの注目点がある。 一つに、国民は国家のため、建国の理想、皇国の使命に対し確乎たる信念を保持すること。 これは国のために、天皇のために尽くしなさいというようなこと。 もう一つが、経済戦対策のために資源の獲得や、経済封鎖の準備として、 「人力と資源とを組織し運営し、最大限度の効果を発揮し、以て来る可き経済戦に備へんとするのが経済国防の主眼でなくてはならぬ。」 とある。 国防経済って何?と思ったのだが、ようよう読んでいくと、言いたいことは計画経済または統制経済を行って、経済を国の管理下に置いて、戦時に備えようということのようだ。 いずれ日本は国家総動員法のもとに統制経済に入り、社会主義化するのだが、既に布石はあったわけである。 しかも、このパンフレットの内容自体も、ドイツを教科書にしているように見受けられる。 「公益は私益を優先する」の精神である。 これには軍事的ファシズムであると政党政治家は強い反発をするが、一部では賛意を表明する者もいた。 因みに先に天皇機関説問題で書いた美濃部達吉は、このパンフレットを批判したため、陸軍に睨まれることになるわけである。 当然だが、軍部は両手を挙げての賛成である。 皇道派の面々も大いに喜ぶが、議会が統制派でもある林陸軍大臣を糾弾すると林はあっけなく、パンフレットの内容があくまで軍の一つの意見で実行する気は無い、と腰が引けてしまう。 この行動に対し皇道派の将校達は、やっぱり統制派に任せておいてはいかん、ということになったのかもしれない。 こうして青年将校たちの決起の日が近づいていく。

    出典・資料 近代デジタルライブラリー 「国防の本義とその強化の提唱」 半藤一利 「昭和史」 平凡社
■広告

にほんブログ村 歴史ブログへ
↑↑クリックお願いします↑↑

Previous:二・二六事件への布石2 Next:二・二六事件1 目次へ