八つ墓村

監督 野村芳太郎 原作:横溝正史
出演 萩原健一
制作 1977年日本

岡山県という所は、何となくではあるが、町や村に陰鬱とした部分を感じることがある

(2012年04月07日更新)

  • 就職してしばらくして、岡山県に住むことになった。 それから約4年余りをその地で過ごした。 大阪から、田んぼもろくに見たこともない男が、この一見何もない街に越してきて、やることといったら日がな映画を観たり、昨晩の二日酔いを消す努力をするくらいで、最初のうちは当時付き合っていた神戸に住む女の子を訪ねたりして、極力休みには岡山に居ないようにしていた。 毎日が驚くくらいにつまらなくて、しょうがなかった。 しかし、営業職で岡山県全域(本当に全域で、行かなかった町や村は無い位だった)をまわるうちに、何となくだがこの街の魅力を感じ始めてくる。 最初は岡山の倉敷市という町から総社市、金光町、笠岡市、そして広島県福山市あたりを毎日ぐるりと周り、あんなに何もないと思っていたこの場所も、自然の豊かさや風土に心地よさを感じ始めていた。 ある日、吉備郡真備町という、岡山県の西に位置する所だったと思うのだが、そこを営業で回っていたときに、時間が空いて車を止めて時間を潰していると、金田一耕助の生まれた家なる標識が出ているので行ったことがある。 行ってみるとなんてことはない普通の家だったので、入ることなく眺めて帰ったのだが、要は作者の横溝正史が戦時下にこの場所に疎開し、街の雰囲気にインスピレーションを得て金田一シリーズを書いたということらしい。 その時は、「へえ」と思ってその場所を後にしたのだが、岡山を去って数年して、何気なく映画の金田一シリーズを見ると、何となく岡山県のイメージに合っているなあと思い懐かしく感じた。 昔の映画の良さを上げろ、と酒の席の映画談義なんかで聞かれたら、映画が土地の雰囲気に根付いているものが多くある、と答えるようにしている。 名作と言われるものは、映画の内容はさることながら、大抵その映画の舞台となった場所を思い出すことができるもので、大林宣彦の「転校生」や山田洋二「幸せの黄色いハンカチ」など、その土地でなければその映画は成り立たない、というものも多くある。 最近もこう言った映画はあるのだろうか?詳しくは知らないが、人間の物語を描く上で、その土地に寄せる思いや、またはその土地でしか無い価値観や情景が、物語の根幹をなすことがあって、「幸せの黄色いハンカチ」何かは、北海道という場所だからこそ物語が映える。 そもそも映画の大半は、人間を題材にしているので、人が生活する町を物語の中心に置いて進めていくのは、当然といえば当然である。 その当然のことを昔の映画監督は独自の感性で切り取り、見せることができたわけで、そこに共感し感動するのだろう。 岡山県という所は、何となくではあるが、町や村に陰鬱とした部分を感じることがある。 それは、よく言われる県民性である内弁慶的な気質が見え隠れし、そして我慢強く、意思の強い人が多い表れなのだろうか。 横溝正史も、優れた感性でその雰囲気を嗅ぎ取り、自分が疎開した村に当てはまる物語を描いたのかもしれない。 題材が殺人なので岡山県の出身の方は「そんなことない」と思われるのかもしれないが、余所者がしばらく住んだ無責任な感想なのでご容赦願いたい。 金田一耕助シリーズで有名なモノの一つとしてよく挙げられるのは、「八つ墓村」だろう。 「八つ墓村のたたりじゃあ」と老婆が叫ぶ、あれである。 この映画の舞台となったのは、岡山の苫田郡という岡山の北に位置するところで起きた殺人事件がベースになっているらしい。 最近になってこの映画をDVDで観たのだが、古い映画で、映像も相当昔の景色なのだが、不思議と岡山県の雰囲気を思い出し、一人で懐かしがってしまった。 水島の長い工場の壁と立ち並ぶ労働者のための遊興場の町並みに、油と鉄にまみれた労働者の熱を感じさせ、灘崎の区画された田んぼの青さを思い出し、宇野港のだだ広い公園と、ゆっくりと接岸する船舶を懐かしみ、牛窓の日差しの強い、海辺のゆらぎや、津山の街を流れる吉井川を下に、川沿いの国道の少しの渋滞に少しいらだった日や、漫画家富永一朗の絵に驚いて車を止めた、川上町の看板や、蒜山の清々しい空気と、サイロと、富村で、雪の日に滑って車がスリップし、半回転したにも関わらず車が無傷だった武勇伝や、高梁川の早い川の流れを見ながら、小一時間タバコをくゆらせたなんでもない日と、スキー板を穿いて学校に行く新見の子供たちや、日生の海で魚を取る少年や、その他いろんなものが思い起こされて、とても懐かしい思い出でいっぱいになってしまった。 一度観て内容は知っているからと、長く観ていなかった映画にも、こういう効用があるのだと思った。
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