フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法

監督 ショーン・ベイカー
出演 ウィレム・デフォー
制作 2017年 アメリカ

アメリカ社会の問題点を描き出しているように見える

(2020年05月18日更新)

  • 今はどうかはわからないが、僕がまだ小さかった頃は、シングルマザーの家庭は大変そうだった。 それは経済的な面だけでなく、差別とはいかないまでも、周囲が冷ややかな目で見ている部分があったように思う。 少なくとも子どもだった自分の目線で、離婚する人は我慢が足りず、どちらか一方かまたは両方がわがままで辛抱が足りないイメージがあったように思う。 どこかで両親がいる家庭が正しくて、片親の家はどこか欠けているという思いを持っていたのかもしれない。 何故そのような考えがあったのかはわからないが、狭い視野で見た結果、他の人と違うものを単純に区別してしまったのだろう。 念のためだが今はもうすっかり大人なのでそういう考えはみじんも持っていない。 この話に裏打ちされるのかは分からないが、シングルマザーについて次のような数的分析がある。 厚生労働省の発表した「全国ひとり親世帯等調査」というものによると、日本には約142万の「ひとり親世帯」があるらしい。(2016年度) 内訳は父子世帯の約18万7000世帯に対し、母子世帯は約123万2000世帯という。 つまりは9割近くが母子世帯ということになる。 この母子世帯のうち、約82%が就業しているそうだが、そのほぼ半数がいわゆる非正規雇用で世帯年収も大体350万円程度だそうだ。 景気の良い大卒新入社員の年収くらいだろうか? おそらく父子世帯の場合は「ふたり親世帯」との経済格差はそこまで大きくは無いと思われるので、如何に母子世帯が住みにくいかが分かる。 では海外ではどうなのか?というと、欧州ではよく映画にも描かれるので多くの方がイメージする通り、「事実婚」が多く、結婚せず子どもをもうけるカップルも少なからずいる。 特にフランスでは、年間の出生数の半数以上が、婚外子と言われている。 事実婚もPACS(パックス)と呼ばれる、法的に結婚している夫婦と変わらず適応される制度も多数あることからこういう選択をするカップルも多いのかもしれないが、結婚という契約に縛られない生き方を社会が受け止めていることが数字や政策から伺える。 無論日本では離婚や死別によりシングルマザーになり一人で子どもを育てるケースが多いので、欧米の自由恋愛とは比較にはならないかもしれないが、大切なのは日本に比べ「結婚をしない」選択に対して社会的認知度の高さがあるということである。 社会認知度が高いからこそ、社会も「ひとり親世帯」に優しく、政治的な配慮もされている。 実際に片親世帯の多い諸外国では、貧困が生まれないように、残業や休暇、給与面なども「ふたり親家庭」よりもきちんと優遇されている部分もあり、社会全体が片親世帯を守っていこうという意識がある。 それに比べて母子世帯で貧困が生まれやすい日本は、まだまだ保守的で、社会的マイノリティを受け入れない国だと言えなくもないのである。 少なくとも女性を子どもを産むための道具であるかのように話す政治家がいるようでは、この問題はなくなることはないだろう。 ということで今回はアメリカの母子世帯事情を描いた映画「フロリダ・プロジェクト」である。 物語はフロリダにあるディズニーランドの近くの安ホテルに住む、母子世帯に生まれた子どもの目線で描かれる。 リゾート地の近くのカラフルな安ホテルには、住む家を持たない貧しい家族が住み、環境のせいもあってか子どもたちは学校にも行かず、ホテル内や客にいたずらなどをして日々を過ごす。 享楽的で、自分を変えず社会からはみ出す母親は社会に唾しながら、その日暮らしの日銭を稼ぐために、物売りをしたり最終的に売春さえも行うようになる。 ホテルの雇われ管理人に助けられながら親子は日々を必死で生き抜こうとするが、最終的に親子は子どもを守る制度によって引き離されてしまう。 映画はアメリカの負の部分を描きながらも、子どもの無邪気な目線や、街並みのきれいさや映像の美しさに、題材のわりに明るい映画に感じられる。 リゾート地の浮かれた街並みとは裏腹に、貧困で苦しむ弱者のいるアメリカ社会の問題点を描き出しているように見える。 映画内では貧しいにもかかわらず多くの人がホテルに住んでいる。 これは住まいを借りるには定職があるかなどの身元保証が必要になるため、職がない人々は部屋さえも借りることができないことを表している。 アメリカはリーマンショック以降、まだ完全な立ち直りを行なえていない。 そしてそのあおりを受けるのはいつも社会的弱者である。 今(今は2020年5月)国内ではコロナウィルスが猛威をふるい、自粛の中で経済が止まっている。 確かにウィルスで失われる命というものがあり、最小限に抑えなければならない。 しかし経済によって失われていく命や大切な何かもあるわけで、それもコロナで失われる命と同様に守っていかなければならないだろう。 とは言え、経済的困窮もなく、自分の生活に変化が無い人から見れば、コロナもコロナによる経済的損失もまさに対岸の火事で、ひょっとしたら毎日の報道にも飽き飽きしているのかもしれない。 つまりこの映画の中の貧困の問題のように、全ての人が等しく共有できる危機ではないかもしれない。 ただ起きている問題を知り、皆が理解していくことで、少しは弱いものにも優しくなれるのではないだろうか。
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