いきものがかり 「SAKURA」

ショートストーリー:桜舞い散る

(2013年02月05日更新)

  • 久しぶりにひなたさんに会う。 会うのは、夏にみんなで集まって以来なので、実に半年振りくらいだろうか。 夏に久しぶりに会ったひなたさんは、高校生の時と変わらず、頑張り屋で、そして少しおっちょこちょいで、あの頃のように僕のことを「博士」と呼んだ。 博士は僕の小学生の時のあだ名で、幼馴染の友達からそれを聞いてから、僕のことを博士と呼ぶのだが、今僕を博士と呼ぶのは、ひなたさんだけだ。 何で博士と呼ぶのかを聞いたら「だって、博士って何でも知ってるじゃん。」と笑顔で答えた。 僕はそんなひなたさんのことを、ひなたさんとそのままの名前で読んでいた。 同級生なのにさん付けは可笑しいようで、友達は皆「ヒナタ」とカタカナ読みで、呼び捨てにしているが、僕は何となく「ひなたさん」という平仮名読みの方がひなたさんっぽい感じがして気にいっている。 本当はひなたさんは日向さんなのだが、僕はひなたさんが僕のことを博士と呼ぶように、ひなたさんと呼ぶようにしている。 僕にも高橋という名前があるのに、ひなたさんが博士と呼ぶのと同じ理由だ。 ひなたさんが帰ってきて、みんなで会う約束をしていたのだが、僕が大学のレポートの関係で行けなくなってしまい、仕方がなくひなたさんに電話でそう伝えると、 「いいよ、じゃあ私が帰る日に高校で会おうよ。渡したいものがあるの」 と言われたので、高校に行くことにした。 昔よく乗った小田急線の窓から、桜の満開が見える。 毎日のように見ていた景色も、どこか懐かしく感じる。 まだ1年しか経っていないのに、もうとっくにおもちゃ箱の中にしまいこんだおもちゃのように、遠い記憶になってしまっている。 だけど僕はひなたさんのことも、一緒に過ごした友達も、楽しかった高校生活もはっきりと覚えている。 だけどいつかは、そんな大切な思い出も忘れていくのだろうか。 僕は桜を見ながら、少しはららとしていた。 駅に着いて、懐かしい高校に続く道を歩きながら、僕は少しだけひなたさんが何故、高校で会おうと行ったのかを考えていた。 ひなたさんが卒業して、関西の大学に進むことを知った時、僕は少しだけ心の中でショックを受けていた。 元々お父さんが関西に単身で住んでいたので、家族で引っ越すためだと言っていたが、僕はひなたさんだけ残ればいいのにと思っていた。 僕は勝手にひなたさん自身は、この街を離れたくなかっただろうと思っていた。 でも本当の事は分からないが、卒業してしばらく経ってそうではないのかもしれないと思うようになっていた。 卒業して、別々の道を進むにつれて、高校生だった自分が、どんどん遠くになっていって、新しい生活の中で自分が作られていくことを知って、ひなたさんはきっと、自分自身も違う環境において、少しづつ違う自分になりたかったんじゃないかって、今では思う。 夏に会った時に、ひなたさんが関西での生活を楽しそうに話すのを聞きながら、僕はひなたさんのことを少し遠くに感じ、そして同時にひなたさんのそんな明るさに寂しさを感じていた。 坂を上って、高校の校舎が見える。 風が吹いて、街路樹の桜の花びらが舞い降りて落ちる。 そして、水色のセーターを着た、ひなたさんが僕を見て手を振っていた。 「博士。ひさしぶり」 そこには変わらないひなたさんがいた。 僕はひなたさんしかいないことに驚いた。 「みんなは?」 「今日はいないよ。私も今日京都に帰るんだ。だから博士には会っとかないとって思って」 「ごめん。昨日行けなくて」 「いいよお。だって博士は私たちと違って、大学で勉強すること一杯あるもん」 ひなたさんは屈託のない笑顔を向けて、そして、少し歩こうよ。せっかく桜も綺麗だしさ、と言って、高校沿いの道路を、歩き始めた。 ひなたさんは、何だかたくさんのことを話そうとしていたけれど、空回りして、とにかく今通っている大学の話をめまぐるしく話した。 単位は順調なようで、でも未だに彼氏はできないと嘆いていた。 そして最近は何となくデザイナーとかになりたいと思い始めている。 そんなとりとめもない話を沢山した。 そうこうしていると駅に着いてしまった。 僕はひなたさんに渡したいものって何?と聞いた。 ひなたさんは思い出したような顔をして、そしてすっかり忘れていました的なジェスチュアをしてから、カバンから本を出した。 その本は、僕が昔夢中でよんだ素粒子物理学の入門の本で、ひなたさんにあげた本だった。 「わたし、引越しの日にこの本見つけて、ああ、博士に返さなきゃって思ったんだけど、ずっと返しそびれてて」 「いいよ。その本はひなたさんにあげたんだ。」 「嘘!?わたしもらったんだっけ?」 僕は相変わらずおっちょこちょいだなあ、と思いながら、少しだけ笑った。 ひなたさんも、少しだけ笑った。そしてしばらくの沈黙。僕は桜を見遣った。 「博士って昔から物理好きだったもんね。私さあ、博士のそんな所、凄いなあって尊敬してた」 「尊敬?ひなたさんが僕を?」 「うん。だって、凄いじゃない。みんな勉強なんてテストのためだけしかしないのに、博士は進んでこんな本を読んでるんだもん。私なんて当時買ってた本なんて、参考書か漫画くらいだった」 「ひなたさんも、勉強は出来た」 ひなたさんは少しだけ微笑んで、そして首を横に振った。 「私はただ言われたことをちゃんとするだけだもん。自分からは何もしようとしないしできない。 私ね、博士のそういう自分から好きなものを探していくところを見て、何となく自分を変えようと思って、それで大学はわざわざ関西を選んだの。勿論お父さんのこともあったけど、でも一番の理由は、自分を変えたかったの」 ひなたさんはそういうと桜の木の満開を見上げ、小さなため息をついた。 そして「でも・・」と小さな声で何かを言いかけて、それからすぐに笑顔になった。 「良かった。今日は博士に会えて。」 そう言うと、大きな伸びをした。 僕は、何か言おうと思ったが、何も言葉が出てこなかった。僕もひなたさんのように、自分の思いの丈を言ってしまいたかった。 しかし、どんな言葉もひなたさんに対しては無力のような気がして、僕はただ桜の舞い散る中、ひなたさんの顔を見ることしかできなかった。 「私もう行くね。また今度戻ってきた時は、みんなで遊ぼう」 そう言って僕の胸にパンチをすると、ひなたさんは手を振って、改札に向かった。 僕は、そんなひなたさんの後ろ姿を見ながら、かけてあげる強い言葉を探していた。 桜舞い散る中で。
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