オフコース 「さよなら」

ショートストーリー:もうすぐ外は白い冬

(2012年12月30日更新)

  • その日会社に行くと、何だか様子がおかしかった。 私が出勤する時間は大抵、郊外に居を構えているマイホームパパの課長と、数人の通勤電車を嫌い早い出社をする若手くらいなのだが、今日は課長が何やら机の書類を整理しているだけだった。 課長が私の出社に気づくと、私を見て一言、聞こえるか聞こえないかの声で言う。 「会社潰れたよ」 私は一瞬課長が何を言っているのか分からなかった。 何故なら会社が不調であることも、ましてや倒産するような前触れが微塵もなかったからである。 私は聞き返した。 課長は造作もないように、今度ははっきりと聞こえる声で同じことを言う。 見ると私のデスクのパソコンも、何やら張り紙が貼られている。 「使用不可」 SEの私がパソコンを触れないのなら仕事にならない。 どういうことだと思うのだが、すぐに、ああ倒産したんだ、と思い直す。 「いつですか?」 私は間抜けに佇みながら言う。 「私は1週間前に専務から聞いたんだ。」 課長は書類を箱に詰める手を休めずにそう言った。 会社が潰れたというのに何の書類を保管用のダンボールに詰めているのだろうか。 「社長はどうされたんですか?」 「逃げた」 「どこにですか?」 課長はため息をついて私を睨みつける。 「どこに逃げたかわかってたら、逃げたとはいわんよ」 尤もである。どうやら私も動揺をしているようだ。 落ち着いていつものように上着を脱いで、課長の近くの席にカバンを置くと、少し考えもまとまり始めた。 パソコンを触りながら電源を入れるが、コンセントは抜かれているようで、電源が入らない。 「電源が入らない」 私は椅子に座って、途方に暮れたが、少しすると考えもまとまり始めた。 そういえば何故今日は誰も会社にこないのだろうか。 実際、課長以外に誰も会社にいないようである。 「他の社員はどうしたんですか?」 「来ないよ」 課長は少しためらって、またつぶやくように行った。 「どうしてですか?」 「会社が倒産するのを知っていたからだよ」 私は混乱した。 私は会社の欠勤もなく、特に普通に奉仕をしてきたが、倒産は知らされるどころか気づきもしなかった。 それが私より若い社員も含め、何故倒産することが告げられていたのだろうか? 何故私だけ告げられていないのだろうか? 「簡単な話だよ。これから私と君とでこの難局を超えなければならないからだよ」 混乱する私に課長がそう言った。 難局?課長と二人?課長は何を言っているのか? 「どういうことですか?」 私は尤もな質問をする。 「会社はただ倒産したわけじゃない。負債を残しているんだよ。その債権者が10時には駆けつけてくるだろう。 彼らは口々に言うだろう。泥棒だの詐欺だの。しかし、私たちはそれにじっと耐えなければならない。 他の社員は昨日のうちに退職の手続きなどを終えている。そのほとんどが解雇さ。会社に席があるのは私と君だけなんだよ」 課長は一気にそう言った。私たちで債権者の対応を行う? 何故一介の平社員の私が、そんなことをしなければならいないのだろうか? 「私のためだよ」 課長は真剣な眼差しでそう言った。私の目を見ながら。 「私は専務にこの大役を任された。しかし、私は一人ではどうすることもできない。君がいてくれれば、君が傍にいてくれれば、私はこの難局を乗り越えることができる。」 そうして課長は私の肩を掴んだ。私はここまで真剣な課長の顔をついぞ見たことが無く、その豹変ぶりに驚いた。 「私と一緒にいてくれ。頼む。私は一人では不安なんだ」 その体は小さく、潰れそうだった。 それから1時間後に債権者が現れ、説明と謝罪に追われた。 課長は私に特に何も言わず、ただそばにいてくれとだけ言って、その殆どを自ら行なった。 それは管理職の男の最後の姿としては立派なものだった。 私はその背中を後ろに見ながら、そのたくましさに、その強さに今まで惹かれていた自分を思い出していた。 全てが終わって、私は課長が何故私を必要としていたのかが気になっていた。 課長にとって私はただの部下と上司の関係のはず。 何故私を会社の最後のパートナーとして選んだのだろう。 「それは本当に一人では心もとないと思ったからだよ。そして、君のような若い女性が居てくれたほうが場も少しは同情的になる」 そう淡々と課長は言った。 その背中はとても小さかった。 「私ではなくても他にも女性社員はいます」 私はどうしてそんな言い方をしたのだろうと自分でも不思議だったが、すぐにそれが小さな嫉妬であることにすぐに気づいた。 私は課長の最後の姿に、もう会うことができない事にいらだちを感じていた。 「それは、私が・・・」 課長は何かを言いかけて口を結んだ。 私は、そのあとの言葉を待っていたが、彼の口からは何も発せられなかった。 私たちは片付けをして、そして二人で会社を出た。 外はもうすっかり暗く、雪が降り始めていた。 課長は私を見ると、これからのことを少し話して、そして「さよなら」と言った。 私も小さな声で「もう終わりですね」と言った。 そして心の中で「私が好きだったのはあなただけです」と言った。 課長は何も答えず、私とは違う方向を歩いて行った。 その後ろ姿はやはりとても小さく見えた。 私はそんな課長を抱きしめたかったが、そうできない自分をよく知っていた。 「さよなら。」 私は誰ともなく呟き、雪が降り注ぐ中、反対の方向を歩き出した。
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